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横浜地方裁判所川崎支部 昭和45年(ワ)387号 判決

主文

第一昭和四四年(ワ)第六一号事件につき

一  被告親栄プロパン株式会社及び被告清水正二郎は連帯して原告に対し金一、六〇八、一九〇円及び内金八〇〇、〇〇〇円については昭和四三年四月二五日以降、内金六七三、一六〇円については昭和四四年三月二日以降残金一三五、〇三〇円については昭和四五年八月八日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ

一  本判決は仮りに執行することができる

一  訴訟費用は被告両名の連帯負担とする

第二昭和四四年(ワ)第四五八号本訴事件

昭和四五年(ワ)第二二〇号反訴事件につき

一  被告(反訴原告)清水正二郎は原告(反訴被告)

荻野昭二に対して金一、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四六年五月二八日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ

一  原告(反訴被告)荻野昭二は被告(反訴原告)清水正二郎に対して金一六五、〇〇〇円及びこれに対する昭和四五年五月二四日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

一  原告(反訴被告)及び被告(反訴原告)の爾余の請求はいずれも棄却する。

一  訴訟費用は本訴反訴とも一〇分しその九を原告(反訴被告)その一を被告(反訴原告)の負担とする。

一  本判決は本訴反訴ともに仮りに執行することができる。

第三昭和四五年(ワ)第三八七号事件につき

一  原告荻野敏子の請求を棄却する

一  訴訟費用は原告の負担とする

事実

第一昭和四四年(ワ)第六一号事件につき

(請求の趣旨)

原告今井訴訟代理人は被告親栄プロパン株式会社及び被告清水は連帯して原告に対し金一、六〇八、一九〇円及び昭和四三年四月二四日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求原因として次の通り陳述した。

(請求の原因)

一  原告は昭和四〇年一二月一日横浜市中区富士見三番地六にある訴外大栄自動車交通株式会社にタクシー運転手として入社し、爾来タクシー運転手として勤務しているものである。

被告親栄プロパン株式会社(以下親栄プロパンと略称する)は肩書地においてプロパン販売業を営む者、被告清水正二郎は平間タクシーと称する所謂個人タクシーの運転手である。

二  原告は昭和四三年四月二四日午後三時四〇分頃、川崎市富士見町五二番地先の国道において川崎市営阜頭より川崎駅方面に向けて大栄自動車交通株式会社所有のタクシー(横浜5か四三二五号)を運転して進行していたところ、突然対向車線より被告清水正二郎の運転の個人タクシーの車両(横浜5か八八一九号)が、被告親栄プロパンの従業員訴外荻野昭二の運転する乗用車(横浜5ぬ四八六二号)に追突し、右荻野の運転する車両は原告の車線に侵入し、そのため原告の車両と右荻野の車両とは正面衝突した。

そのため原告は左記のとおり負傷した。

頭部・顔面・頸部、左上腕・肘・前腕・手背・右腰部挫傷及び脳震盪症。

これらの事故は被告親栄プロパンの従業員荻野昭二及び被告清水の不注意により発生した事故であるので、被告両名は共同不法行為者である。よつて被告両名は連帯して原告に対し自賠法第三条に基づく損害賠償責任がある。

三  原告の蒙つた損害は次のとおりである。

(1) 前記症状にて昭和四三年四月二五日より同年六月三〇日まで花祐病院に入院、右期間の入院治療費 合計二三三、七七五円。

(2) 昭和四三年七月一日より昭和四四年四月三〇日までの通院治療費用 合計四六七、三一〇円。

(3) 通院交通費 金六七、九七〇円

(4) 休業補償分、昭和四三年四月二四日より同年四月三〇日までの分一日平均二〇、〇二四円であるので八日分金一七、一九二円

昭和四三年五月一日より昭和四四年一月末日まで一ケ月平均六〇、七二〇円として九ケ月分 金五四六、四八〇円

(5) 逸失利益分

原告は未だ治療を要する。而して治療が終了しても労働能力喪失表でいう一二級程度の後遺症が残存する。このため医師の認定によれば更に一年位は三時間程度乗務すると頭痛・めまいがするようになり、三時間程度休息が必要となる。このため結局一乗務一六時間のうち八時間程度休息することになる。

よつて今後一年間は収入は従来より半減する結果となる。

よつて昭和四四年二月一日より昭和四五年一月末日までの給料減額分は左のとおりとする。 金三六四、三二〇円

昭和四三年度分の夏期(昭和四三年五月・六月分相当)並びに年末一時金損失額 金六三、三七三円

昭和四四年夏期並びに年末一時金損失額(昭和四三年度分の半額として) 金四七、七七五円

(6) 慰藉料

原告は本件事故により入院二ケ月余、通院七ケ月余となるも完治せず、現在に至るまで就労出来ない状態である。

又今後就労出来たとしても頭痛等が残存し、当分の間十分な業務が出来ない有様である。

又、本件事故においても何時過失が存せず当然対向車線より他車両が飛込んで来た正面衝突の結果、其の場で失神する程の重傷をうけて、やつと一命をとりとめたのである。

これらの事実を慰藉するには金八〇〇、〇〇〇円が相当である。

以上を合計すれば損害額は金二、六〇八、一九〇円である。而して原告は強制保険により金一、〇〇〇、〇〇〇円の補償をうけた。よつて原告は被告に対して連帯して残金一、六〇八、一九〇円並びに本件事故の発生日である昭和四三年五月二三日より右金員完済に至るまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払いをうけるため本訴に及んだ。

被告親栄プロパン株式会社訴訟代理人は原告の請求棄却の判決を求め、答弁として、同被告会社の営業、相被告清水の職業の点本件事故の発生、原告が受傷したこと、右事故は被告清水の不注意に起因すること、原告が強制保険金一、〇〇〇、〇〇〇円を受領したことは認めるが、被告会社運転手荻野の過失、被告会社の賠償義務の点は否認、その余の事実は不知。被告会社は次の免責の抗弁を提出する。

即ち本件事故は前述のとおり専ら被告清水の車間距離不相当、前方不注視の過失によつてひき起されたものであり、被告親栄プロパンの所有する本件自動車の運転者訴外荻野には全く過失がなく、被告会社に運行上の不注意も存しない。被告会社の所有する本件自動車には構造上の欠陥及び機能上の障害は全く存在しないので自賠法第三条但書による免責を主張する。

即ち被告会社の免責事由を訴述すれば別紙準備書面記載のとおりである。

被告清水訴訟代理人は原告の請求棄却の判決を求める答弁として次の通り陳述した。

原告主張事実中、同被告の職業の点及び原告主張の如き交通事故発生の点は認めるが、同被告の過失の点は否認する相被告会社に関する点、原告の受傷の程度は不知。

一  本件事故の態様は次の通りである。

本件事故は原告主張の日時場所において発生したものであるが被告清水には何等の責めるべき過失がなく、被告親栄プロパンの従業員訴外荻野昭二の重大な過失により惹起されたものである。

即ち、被告清水は被告清水車を運転し、原告主張の道路、(幅員約五〇米)の中央線直ぐ内側を走行していたところ訴外荻野が被告親栄車を被告清水車の直後を追従運転していたが、中央線を越えて被告清水車を追越し清水車の進行路に侵入し、同時に横断歩道上の人を認め急停車したので被告清水は安全車間距離をとることができず又左側にも他の車両が進行していたので急制動をかけたが被告親栄車に追突したものである。

二  免責の主張

被告清水は訴外荻野の無理な追越と同時に急停車されたので追突したものであつて車両を運転するものとして前方を充分注意をしていたが、本件の如き幅員片側約二五米もある道路を道交法に違反して中央線を越えて追越をするなど予想もつかず、且つ追越と同時に急停車されては安全運転をしていても物理的にも追突せざるを得なかつたものである。

更に被告清水車には構造上の欠陥又は機能上の障害がなかつたから自賠法第三条により責任を免除されるものである。

なお被告清水の主張するところを評述すれば別紙準備書面(最終)の通りである。

第二昭和四四年(ワ)第四五八号同四五年(ワ)第二二〇号反訴事件につき

(請求の趣旨)

原告(反訴被告以下原告と略称する)荻野昭二訴訟代理人は被告(反訴原告以下被告と略称する)清水は原告に対して金一五、一六三、二五五円及び内金一三、九八四、七七八円に対し請求の趣旨拡張申立書副本送達の昭和四五年八月二二日から、内金一、一七八、四七七円について本判決言渡の日から夫々支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよとの判決並に仮執行の宣言を求める旨申立て、その請求原因として次の通り陳述した。

(請求の原因)

一  原告は次の交通事故により損害を蒙つた。

(一) 発生日時 昭和四三年四月二四日午後三時四〇分頃

(二) 発生場所 川崎市富士見町五二番地先路上

加害車両営業用普通乗用自動車(横浜5か八八一九) (以下被告車両)

(三) 事故車両 被害車両普通乗用自動車(横浜5ぬ四八六二号) (以下原告車両)

(四) 運転者 原告車両原告本人

被告車両被告本人

(五) 事故の態様 前記日時場所に於て原告が川崎駅方面から大師方面に向けて進行中被告車両に追突され対向車線に押出されたため折から対向車線を進行して来た訴外今井成秋の運転する営業用普通乗用車と正面衝突したためこの衝撃により原告は、右大腿骨、骨盤、右第五腰椎横突起、各骨折、仙髄損傷の傷害を受けた。

(六) 原告の傷害の程度 原告は前項の傷害により即日川崎市立川崎病院に入院したが、下半身はほとんど不随となり、その後伊豆韮山温泉病院に転移、現在関東労災病院に再転院加療中である。

現在の症状は膀胱障害、排尿障害が著しく、前記の通り下肢筋力に著害があつて歩行はほとんど不能の状態であつて、更に知覚障害もあり、病院に於ける日常生活は車椅子に専ら頼らなければならず、かかる症状の回復見込は全く不明である。

二  原告の蒙つた損害

(一) 入院関係費用

(A) 治療費

川崎市立病院 昭和四三年四月二四日から同年七月三一日まで入院

右治療費 九四九、二一九円

伊豆韮山温泉病院 昭和四三年八月一日から同四四年七月一二日まで入院

右治療費 一、四一九、六三〇円

(B) 付添費用

川崎市立病院に於ける妻の付添九八日間、一日千円に換算して

金九八、〇〇〇円

伊豆韮山温泉病院に於ける付添婦の賃金六三九、七六三円

計 七三七、七六三円

(二) 休業損害

原告は本件事故当時訴外親栄プロパン株式会社の営業部長として勤務しており、同社の顧客との接渉を専任していた。原告本人の事故当時の給与は月額七二、〇〇〇円であつたが、昭和四三年五月分から同四五年五月分まで二五ケ月分一、八〇〇、〇〇〇円及び本件事故に遭遇しなければ賞与として昭和四三年冬期一一〇、〇〇〇円、同四四年夏期一三五、〇〇〇円、同年冬期一三五、〇〇〇円、同四五年夏期一三五、〇〇〇円併せて五一五、〇〇〇円の損害を被つたものである。

合計 二、三一五、〇〇〇円

(三) 逸失利益

原告は本件事故により脊髄損傷による両下肢麻痺の運動障害(労災等級七級)、両足関節の用廃(労災等級八級)、尿路障害(労災等級十一級)が後遺症として存することになつたその為原告は特種な靴を着用して松葉杖の如きものを使用しなければ歩行もできず又尿路障害のため特種の袋を大腿部につけており、時折失禁する(大便も失禁することがある)又そのため慢性の腎臓障害がおこりやすく生命の短期化は避けられないとの医師の診断である。然しながら幸にして原告は復職がかない現在における収入減は免れたが前記の通り生命の短期化もあり、これから何時まで職業に従事出来るかは甚だ疑問であるので今後の労働可能年数が半減したものとして計算すると、原告は昭和四五年六月現在四三才の男子であるので同人が健康な男子であれば六三才迄残余二〇年は労働可能であるところ、五四才以降の一〇年間は労働能力を喪失したものとし現在の賃金月額九一、〇〇〇円としてホフマン式計算によつて算出すると

91,000×12×7.945×0.7945=6.893.034

(四) 慰藉料 五〇〇万円

三  以上原告が本件交通事故によつて蒙つた損害の合計額は一七、三一四、六四六円であるがその内自賠責保険から治療費として七三九、六五七円、休業補償として一八三、二二二円、慰藉料として七七、一二一円、労災保険から休業補償九八二、五八〇円、治療費一、〇七六、三九八円、付添婦代四七〇、八九〇円を受領したのでこれを各損害額に充当すると治療費五五二、七九四円、付添費二六六、八七三円、休業損害一、一四九、一九八円逸失利益六、八九三、〇三四円、慰藉料四、九二二、八七九円となり合計一三、七八四、七七八円となるが、原告は弁護士平沼高明に対し請求金額の一〇%を弁護士報酬として支払うこと、内着手金として二〇〇、〇〇〇円を支払つたので弁護士費用として右合計金額の一〇%一、三七八、四七七円が原告の被る損害である。

四  被告は個人タクシー営業者として平間タクシーという名称のもとに被告車両を所有し、右被告車両を運転中に本件事故を惹起せしめたものであり、自賠法三条の運行供用者であるから右法条に基き原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。

因て右損害金計一五、一六三、二五五円の支払を求めその内一三、九八四、七七八円については本書送達の翌日から一、一七八、四七七円については本判決言渡の日から各支払済に至る迄年五分の割合による金員の支払を求める。

(反訴についての主張答弁)

反訴につき被告(反訴原告)の請求棄却の判決を求め、答弁として次の通り陳述した。

一  第一項認める。

二  第二項中、反訴原告が自己所有にかかる営業用普通乗用自動車を運転して本件事故現場に差しかかつたこと、反訴被告車に追突したこと、反訴原告車が前部左側ドア付近を破損したことは各認める。反訴被告が事故直前に追越したとの点その他は全て否認する。

三  第三項反訴被告の不法行為による損害賠償義務は否認する。その余は不知。

四  第四項争う。

五  反訴原告は請求原因第二項で反訴原告が時速三〇乃至四〇キロで進行中、横断歩道手前七~八メートル程により中央線を越えて反訴原告車を追越し進路前方に侵入して急停車したため追突したと主張し、反訴原告本人尋問の結果でも証人加田八重子の証言も同様であつた。ところが右のような状況は物理的客観的にみて不可能である。と云うのは時速三〇キロで走行している車両を瞬間的に追越すには追越し車は時速六五キロ以上で追越しをしなければならない(時速三〇キロの車両は一秒間に八・三三米進行するので追越しに一秒間かかるときは追突地点迄走行してしまうので追越しに要する時間は一秒以下であることを要し、反訴原告車は車長四・六六五米あるので〇・五秒で追越しを完了するためには時速三五キロ位を要する)。

仮りに時速六五キロで反訴被告車が追越しをかけたことにすると空走距離を考えないで制動距離のみでしても三五米程度を要する(通常の制動距離の算出は

S=V2/100((Sは制動距離 Vが時速))

である)からである。そうすると反訴被告車は追突地点からはるか前方でないと停止できないことになる。

以上の理由から現在迄の反訴原告の事故原因の主張は全く信用できないものである。

(反訴請求の趣旨)

被告(反訴原告以下被告と略称する)清水は本訴につき請求棄却反訴につき原告(反訴被告)は被告に対して金一七九、七〇五円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよとの判決並に仮執行の宣言を求める旨申立て、本訴に対する答弁及び反訴請求原因として、次の通り陳述した。

(反訴の請求原因、本訴の答弁)

一  本訴請求原因第一項中傷害の部位程度は不知その余は認めるが本件事故は本訴原告の一方的過失に起因するものである。

第二項中慰藉料額は否認その他は不知

第三項中原告が弁護士に本件訴訟事件を依頼したことは認めるが、その報酬額は不知、原告が自賠責保険より金一、〇〇〇、〇〇〇円を受領したことは認める労災保険よりの受領金額合計金二、五三〇、八六八円を否認し、昭和四五年四月三〇日現在二、六八八、六四〇円受領したものである。なお右受領金中原告の各損害額に充当した各割合額は否認する。

二  反訴原告(被告)は自己所有に係る営業用普通乗用自動車(横浜五か八八一九)を運転して本件事故現場に差しかかつた際中央線の直ぐ内側を時速約三〇キロ乃至四〇キロの速度で進行していたところ、反訴被告(原告)が普通乗用自動車(横浜五ぬ四八六二)を運転して事故現場付近の横断歩道手前約七~八メートル程より中央線を越えて反訴原告(被告)車を追越し同車の進路前方に侵入し同時に横断歩道上の人を認め急停車したため、反訴原告(被告)は安全車間距離をとることもできず、又左側にも他の車両が進行していたので左に避譲することもできず、急制動をかけたが止むなく反訴被告(原告)車に追突し、その結果反訴原告(被告)車の前部及び左側ドアー付近を破損したものである。

三  因みに反訴被告(原告)は民法七〇九条の不法行為責任により反訴原告(被告)の左記損害を賠償すべき義務がある。

車両修理代

被害車(横浜五か八八一九)は反訴原告(被告)所有に係るところ前記事故による右車の修理を訴外AM自動車工業株式会社に依頼し、現在修理をおえ修理代金一七九、七〇五円につき反訴原告(被告)の所属する川崎個人タクシー協同組合が右修理会社に対し立替払した。よつて、反訴原告(被告)は右修理代金相当額につき右協同組合に同額の債務を有するので、右代金相当額の損害を蒙つているものである。

四  よつて反訴原告(被告)は反訴被告(原告)に対し反訴請求の趣旨記載のとおりの支払を求めるため反訴申立をなす。

第三昭和四五年(ワ)第三八七号事件につき

(請求の趣旨)

原告荻野敏子訴訟代理人は、被告清水は原告に対し金二、二〇〇、〇〇〇円及び内金二、〇〇〇、〇〇〇円に対する昭和四三年四月二五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ、訴訟費用は被告の負担とする旨の判決並に仮執行の宣言を求める旨申立てその請求原因として次の通り陳述した。

(請求の原因)

一  原告は昭和三四年五月四日、訴外荻野昭二と婚姻し右訴外人との間に理恵(当十年)と哲生(当九年)の二児をもうけ、四人家族の主婦として生活している。

二  訴外昭二は左記の交通事故に遭遇した。

(一) 発生日時 昭和四三年四月二四日午後三時四〇分頃

(二) 発生場所 川崎市富士見町五二番地先路上

(三) 事故態様 訴外荻野昭二が普通乗用車(横浜五ぬ四八六二)を運転して川崎方面から大師方面に向けて進行中被告の運転する営業用普通乗用車(横浜五か八八一九)に追突されたため反対車線に押出され、折から対向して進行して来た訴外今井成秋の運転する普通乗用車に正面衝突した。

三  右交通事故によつて夫昭二は右大腿骨、骨盤、右第五腰椎横突起の各骨折の傷害を受け川崎市立病院伊豆韮山温泉病院、関東労災病院の各長期の入院加療を受けたが現在両下肢麻痺及び膀胱、直腸障害の後遺症を残して退院治癒するという傷害を蒙つた。

夫昭二は右後遺症のため靴型装具の使用及び常時松葉杖を使用しなければ困難である歩行障害並びに排尿が著るしく困難であるためたえず集尿器を携行していなければならず且つ陰部神経、下腹神経に重大な障害があるために陰脛勃起不能とこれに基く性交不能という極めて重大な生活機能の低下を来たしたものである。

四  原告は右交通事故の為一瞬にして健康な夫を奪われたものであるが訴外昭二の長期間の闘病生活における原告の介護、現在社会復帰のために懸命な努力を払つている夫とともにこれからの長い生涯において一般の夫婦と比べ数層倍の生活苦悩との斗を強いられること及び生涯最愛の夫との夫婦生活を喪失しなければならず且つ前記後遺症のため夫の生命の短期化も予測され二児をかかえ常に将来の生活への不安を払拭し難いこと等の真に暗胆たる宿命が原告を因絆するに至つたものである。

かかる宿命下における原告の精神的苦痛は真に筆舌に尽し難いものがあり夫昭二のそれに決して勝るとも劣るものではない。その精神的苦痛の慰藉料としてはいかなる金額をもつてしてもこれを覆うべくもないが二百万円は本訴において一部請求として主張するものである。

五  被告は個人タクシー営業者として平間タクシーという名称のもとに被告車両を所有、運転して本件交通事故を惹起したものであり、自賠法第三条の運行供用者であるから原告に対し右法条に基き原告の蒙つた損害の賠償責任がある。

原告は本訴を提起するに当り弁護士平沼高明、渡名喜重雄、服部訓子に対し弁護士報酬規定の範囲内である訴額に対する一割の報酬を約したが右弁護士報酬も本件交通事故と相当因果関係内の原告の損害というべきものである。

因つて被告に対し原告が本件交通事故により蒙つた慰藉料としての損害金の一部二百万円及右金員に対する本件交通事故の翌日である昭和四三年四月二五日から支払済に至るまで年五分の割合による金員、並びに訴額に対する一割である弁護士費用金二〇万円の賠償を請求するため本訴に及ぶものである。

被告清水訴訟代理人は原告の請求棄却の判決を求め答弁として次の通り陳述した。

一  請求原因第一項は認める。

二  同第二項は認める。但し本件事故は訴外荻野昭二の一方的過失により惹起されたものである。

三  同第三項は不知。

四  同第四項中慰藉料額は否認、その余の事実は不知。

五  同第五項中被告は平間タクシーの名称で個人タクシー営業をなし、被告車両を所有し運転していた点及び原告が弁護士平沼高明等に訴訟委任した点は認めるが、報酬額は不知、その余は争う。

証拠〔略〕

理由

第一昭和四四年(ワ)第六一号事件

一  昭和四四年(ワ)第六一号原告今井の被告会社及び被告清水に対する請求につき按ずるに、昭和四三年四月二四日午後三時四〇分頃川崎市富士見町五二番地先国道において同原告運転のタクシー普通乗用車(以下原告今井車と称す)と対向車線より進行してきた被告清水の運転するタクシー普通乗用車(以下被告清水車と称す)が被告会社従業員昭和四四年(ワ)第四五八号事件原告荻野昭二運転の被告会社所有の乗用車に追突し、被告会社車が原告車の車線に侵入しそのため両車が正面衝突したこと、並にその結果原告が受傷したことは三当事者間に争はない。

右事故の模様については、〔証拠略〕を綜合すれば次の通り認められる。

(一)  被告清水車が川崎駅方面より乗客加田八重子をのせて中島町方面に向い時速三、四〇粁で中央線寄に進行してきた

(二)  被告会社車は被告清水車を追越そうとして中央線を越えて被告清水車の右側(進行方面に向い、以下同じ)を被告清水車に接触しながら進行し、被告清水車の進路前方に進入したとき、前方横断歩道に歩行者の通行を認め急停車の措置をとつた

(三)  被告清水車は十分な車間距離をとる余地なく被告会社車に追突した

(四)  被告会社車はその衝撃によつて前進し左側前方に停車していた蛇の目ミシン川崎支店の車の右後部をこすりながら中央線を越えて発進し、反対方向から川崎駅方面に進行してきた原告車と正面衝突し、その反動によつて被告会社車は反転して停止した

(五)  被告清水車も前記蛇の目ミシン車の後部に追突した

右認定に反する本件証人兼昭和四四年(ワ)第四五八号原告荻野昭二本人の供述部分は措信し難く、又丁八号証の写真等によれば被告会社車と被告清水車の接触部分について被告会社車の後部右側と被告清水車の前部左側が特に破壊している点から被告会社車か被告清水車を追越したとしても、追越後相当距離を進行した後停止ブレーキをかけたと思われるところもあるが、凡そ自動車接触事故は瞬間的のできごとであり、且又その事故検証によるも接触後の状況は或る程度保存できるが接触に至る経過並にその模様については検証写真だけによつては必ずしも適確に確定できず、結局目撃者の証言による外はないから、前叙の如く認める外はない。

従つて被告らの過失については主として被告会社車を運転していた昭和四四年(ワ)第四五八号原告荻野の無謀な追越しに基因するものである。

しかし被告清水車においても、これが追突は不可抗力によるもので避け得ないものとは云えない。けだし被告会社車の追越に際して、これが事故発生の原因となるものであるから、追越を容易しめて事故発生を未然に防止しうるものであり尤もかかる所為は無謀運転を助長することになるが、それがために生ずる事故発生を考慮するときには、かかる措置をとることも運転者に要求されるものと解する。従つて本件原告に対する被告両車の運転手の過失の割合は九対一と解するが、対原告の関係においては連帯して原告の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

二  次に原告の蒙つた受傷の部位程度並にそれによる損害額及びそれを認めた証拠(括弧内)は次の通りである。

(一)  昭和四三年四月二五日より同四四年四月三〇日までの原告主張入院治療費計金七〇一、〇八五円〔証拠略〕

(二)  通信交通費原告主張の計算による金六七、九七〇円〔証拠略〕

(三)  昭和四三年四月二四日より同四四年一月末までの原告主張の計算による休業補償分金五六三、六七二円〔証拠略〕

(四)  逸失利益として原告主張の計算による計金四七五、四六八円〔証拠略〕

(五)  慰藉料金八〇万円〔証拠略〕

以上合計金二、六〇八、一九〇円のところ、原告は強制保険により金一、〇〇〇、〇〇〇円の補償をうけたこと、原告の自認するところであるから残金一、六〇八、一九〇円及び内金八〇万円については本件事故発生日の翌日である昭和四三年四月二五日以降内金六七三、一六〇円については本件訴状送達の翌日である昭和四四年三月二日以降、残金一三五、〇三〇円については昭和四五年八月八日(同年八月七日附原告準備書面の陳述の翌日)以降完済に至るまで年五分の割合による金員を被告両名は連帯して支払う義務(分担割合被告会社九、被告清水一)があるが、その余の原告の請求は棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して被告両名の連帯負担(分担割合被告会社九、被告清水一)とする。

仮執行宣言につき同法第一九六条を適用する。

第二昭和四四年(ワ)第四五八号、同四五年(ワ)第二二〇号反訴事件

事故発生の状況については前認定の通りであり、本件事故は主として本事件原告(反訴被告以下原告と称す)の過失に基因するものであるが、しかし本事件被告(反訴原告以下被告と称す)において昭和四四年(ワ)第六一号事件原告今井に対する関係において必ずしも免責事由のないこと前認定の通りである。

(一)  事故による本事件原告の受傷の部位程度が原告主張の通りであることは〔証拠略〕により、又その被つた損害については、〔証拠略〕により本件原告主張の損害金一五、一六三、二五五円中慰藉料額金五、〇〇〇、〇〇〇円を除きこれを認めることができるが、慰藉料については本件事故の主たる原因は本件原告自身にあるのであるから、自ら顧みて、他に慰藉料を請求すべき筋合でない。

経済的の損失については、これが本件被告に対して賠償を請求しうる程度は、過失相殺の結果金一〇〇万円及びこれに対する本判決言渡の日(昭和四六年五月二八日)から支払に至るまで年五分の割合による金員を以て相当とするが爾余は失当として棄却する。

次に本件反訴(昭和四五年(ワ)第二二〇号)につき、本件事故状況及び当事者双方過失の程度は前認定の通りである。

本件被告(反訴原告)の蒙つた損害については、〔証拠略〕によれば、本件被告主張の如く金一七九、七〇五円であることが認められるが、これが本件原告に対して請求しうる金額は過失相殺の結果金一六五、〇〇〇円と右に対する訴状送達の日であること記録上明確である昭和四五年五月二四日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を以て相当とするが、爾余は失当として棄却する。

訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条に則り本件本訴反訴を通し一〇分しその九を本件原告、その一を本件被告の負担とする。

仮執行の宣言につき、いずれも同法第一九六条を適用する。

第三昭和四五年(ワ)第三八七号事件につき

原告荻野敏子が荻野昭二の妻であり、その間に二子のあること並に原告主張の本件事故において、荻野昭二が受傷したことは当事者間に争はない。

原告は被告の過失により原告の夫が受傷し、それに基く慰藉料を請求するものであるが、前認定の如く原告の夫の受傷は自らの重大過失に基因するものであり、従つて受傷者自ら顧みて慰藉を求めるべきでないこと前説示の通りである。のみならず、原告の夫が被告の過失により受傷したとしても、それは夫と妻は別個の権利主体であるから原告の権利利益を害したものということはできない。

尤も夫の受傷によりその妻子は勿論広く肉親知已において精神的苦痛を蒙ることのあるは容易に推知できるところであるが、当人自身に慰藉料請求が認められている以上は、特段の事由のない限りその妻子近親者までが慰藉料請求できるものでない。その理は夫が自らの過失によつて受傷した場合に妻の権利利益を害したからとして夫に対して賠償を求め得ないと同様であり仮りに然らずとしても、夫に対して請求権放棄乃至は免除して一層協力して夫婦円満な共同生活がなされている以上は、(弁論趣旨によりその旨認められる)妻としての地位を侵害したとは云えない。

けだし妻が妻として本件慰藉料請求できるのは、妻たる地位の侵害即ち夫婦の精神的共同生活に破綻を生ぜしめた場合であるからである。

右の次第であるから本件原告の本訴請求は棄却すべきものとして訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 村崎満)

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